• 2021.5.5
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『赤毛のアン』Anne of Green Gables 映画比較

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『赤毛のアン』Anne of Green Gablesはルーシー・モード・モンゴメリーの書いた小説ですが、その後、何度も映画化、アニメ化、舞台化されています。特に有名な4つの映画版『赤毛のアン』がオリジナルのストーリーからどのようにアレンジされているのか、比較をしているYouTubeを見つけましたので紹介したいと思います。

1908年以来、『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)は、あらゆる世代の読者たちの心を虜にしてきました。 カナダの作家ルーシー・モード・モンゴメリーは、プリンスエドワード島での自身の子供時代をもとに、アン・シャーリーと架空の村アボンリーのお話を書きました。小説『赤毛のアン』は大成功を収め、モンゴメリーはその後、数十年にわたって続編を書き続けました。

 

 

『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)(1934年の映画)主演ドーン・オデイ、ヘレン・ウェストリー、O.P.ヘギー。
RKOピクチャーズは、1934年に、ドーン・オデイ主演の『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)を初めて映画化しました。宣伝の一環で、主演女優は自分の名前をアン・シャーリーへと法的に変更しています。この映画では、小説の冒頭から第15章までを忠実に描きましたが、その後はアンとギルバートの関係に焦点を当て始めます。そして池での事件を描いた辺りからは原作のストーリーから完全に離れ、ハリウッドの独自路線へと突き進みます。また、マシューのかつての婚約者がギルバートの父親と逃げた過去があるという新しい裏話を展開しました。これはアンとギルバートの関係を複雑化させ、マリラがアンにギルバートと別れさせるという流れを作りました。アンが大学進学のために村を出た後、マシューが病気になりますが、医者を呼ぶ経済的な余裕がありません。しかしその医者とギルバートがたまたま一緒に勉強しているということが明らかになります。マシューの命は救われ、マリラはアンとギルバートの関係を認めます。このように物語に大きな書き換えがされたせいで、レイチェル・リンドとバリー夫人が統合されて一人の人物として描かれていることが小さく見えるほどです。この映画では、アンがグリーンゲーブルズでどのようにして家族をつくり生きていくかというところに焦点が当てられています。冒険的な要素を少なくし、ロマンチックなストーリーに仕上げているのです。モンゴメリー自身はこの作品について次のようにコメントしています。「全体として悪くはありません。特に最初の3分の2は悪くはありません。最後の3分の1は、ラブストーリーとしてまとめるために感傷的でありふれた、ばかみたいなエンディングになっています。」

『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)(1985年映画)主演ミーガン・フォローズ、リチャード・ファーンズワース、コリーン・デューハースト。
最も人気のある1985年の『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)は、もともと2部構成の短期連続テレビ番組としてCBCで放映されました。ミーガン・フォローズ主演のこの作品は、小説を映像化したものとしては一番人気であり、140か国以上で配給されました。監督のケビン・サリバンは当初、小説に忠実でありながら現代の観客に共感される作品でなければならないというプレッシャーを感じていました。登場人物のほとんどが小説に忠実に描かれていますが、監督はドラマチックな内容にするために多少のアレンジを加えました。マシューが勇気を出してアンのためにパフスリーブのドレスを購入するシーンが好きだというファンは多いです。でも、小説では、マシューは店で購入することを諦めてリンド夫人に助けを求めています。アンがドレスを着て納屋に行き、マシューと抱き合うシーンも小説にアレンジが加わったものであり、さらにドレスは茶色から水色に変えられています。この作品では、特に物語におけるギルバートの役割を強めるために、1934年の映画を参考にしています。小説では、アンはギルバートにライバル心を燃やし学力を上げていきます。でもこの映画では、アンは、彼女の外見、行動、勉強のあらゆる点において、ギルバートの意見をもとに決めるということを繰り返しています。テニソンの詩を使うことで、アンがロマンチックな人物だという事を表現しています。また、それがギルバートとの関係を表しています。映画の冒頭でアンは「シャーロットの乙女」を暗唱しています。小説ではこれは、ずっと後になるまで出てきません。このシーンでは、グリーンゲーブルズに来る前のアンの生活を垣間見ることもできます。 1985年の作品は、恋愛を含む成長物語として描かれています。この『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)を制作するにあたり、監督は物語の中核と登場人物を忠実に再現しながら、情熱的で知的で想像力豊かなアンが周りの人々を変容させるという新しい解釈を作り上げました。

L.M.モンゴメリーの『赤毛のアン』(L.M.Montgomery’s Anne of Green Gables):グッドスターズ, ファイ&デュー(2016-2017年 TVフィルム)
エラ・バレンタイン、マーティン・シーン、サラ・ボッツフォード主演。
1985年の作品から30年以上が経過し、アンの物語はモンゴメリーの孫娘を製作総指揮者としたYTVに翻案される形で再び生まれ変わりました。エラ・バレンティンがアン・シャーリーを演じるこの作品は、3本の映画で構成されています。一つ目の映画では、マシューとマリラがアンを引き取るかどうかの問題を中心に展開します。 二つ目の映画はアンの友人関係に焦点を当てており、アンの競争心は最小限にとどめられ、ギルバートと友情を育む過程が描かれています。これは、アンの大学生活を描いた三つ目の映画とうまくつながらないという問題点があるように感じられます。若い視聴者を意識して、この映画にはユーモアと事件をちりばめた新しいシーンがたくさん書き加えられました。小説と同じ場面もありますが、アンが屋根に登るシーンを短くしたり、アンが薄い氷の上を歩くシーンを追加したりするなど、予想外に大きな変更が加えられています。主な登場人物も小説での描写とはかなり違います。エネルギッシュでおしゃべりなマシュー、厳しさよりも母親らしさが出たマリラなどがそうです。登場人物の行動や人間関係は、現代のティーンエイジャー向けドラマを彷彿とさせます。小説にあるさりげない出来事が、映画では過度な説明がされています。例えば原作では、マシューはアンが他の女の子よりも質素な服を着ていることに気づきアンのドレスを買うことにしました。でも映画では、アンがマシューにドレスを買ってくれるよう頼んでいます。この改変によって、このプレゼントに対する感動が小さくなってしまいました。衣装や会話が20世紀のもののように見えても、この作品はとても現代的です。最終的に、この作品を構成する3つの映画は、アンの成長、友情、マシューやマリラとの絆に重点を置いたものとなりました。

『アンという名の少女』(Anne with an E)(2017年 TVシリーズ)
エイミーベス・マクナルティ、ジェラルディン・ジェームス、R・H・トムソン主演。
NetflixとCBCは『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)のより暗い作品作りに取り組み始めました。エイミーベス・マクナルティ主演の『アンという名の少女』の第1シーズンは、2017年に発表され、さまざまな議論を呼びました。アンが虐待されトラウマを抱えた子供として描かれたことを批判する人もいれば、シリーズがより現実的な描写をし、現在の社会問題につなげたことを評価する人もいました。原作の温かで楽観的な雰囲気から完全に離れたこのシリーズは、アンの幼少期の悲惨なフラッシュバックから始まり、その後もさらなる悲劇が続きます。最初の二つのエピソードでは、ブローチを盗んだと疑われ送り返されることになったアンは、さらなるトラウマを経験します。一刻を争う状況でマシューがアンを連れ戻し、そのせいで脳震盪を起こします。そのような場面は原作にはありません。また、アンがグリーンゲーブルズに戻った後も、幸せな時間は続きません。登場人物とあらすじの大幅な変更を行い、いじめ、女性蔑視、偏見の問題が描かれます。アンはダイアナという良い友達を得ますが、学校の初日には他の生徒たちから標的にされます。この時、ギルバートは学校で数少ない優しい生徒として登場し、アンを森で(いじめっ子達から)助けます。小説のギルバートとは違って、このギルバートは、いたずらをしたり、からかったりはあまりせず、むしろ控えめで彼の年よりも大人びて見えます。自分の父親(ジョン・ブライス)の世話をしており、その後父親が亡くなるまで、あまり登場しません。アンとギルバートは学校でのライバルになるのではなく、自分たちの困難を乗り越える友として描かれます。その後ギルバートが蒸気船で働くためにアボンリーを去り、トリニダード(カリブ海の島)に行き着くという場面が加えられています。これはシリーズの最大の改変の1つです。アンはまた、ジェリーというマシューの農作業を手伝うために雇われた少年と友達になります。彼は小説にも登場していますが、全く新しいストーリーが書き加えられています。アンは知的で知恵の有る人物としてすでに確立されていますが、このシリーズでは、アンが燃えさかる家に駆け込んで火を消すなどの新しいシーンを加えることにより、さらに人物像へのアレンジがされています。マリラとマシューもまた、過去からのフラッシュバックを経験します。マシューに関する悲しい裏話や新しい恋愛エピソードが加えられ、マシューの人物像は劇的に変えられています。また彼は自殺未遂を起こしています。この自殺未遂に関してはモンゴメリーも理解してくれるかもしれません。実はモンゴメリーも(隠されていた事実ですが)うつ病に苦み、それが死因であった可能性があると言われています。この作品は、シーズン2に入ると全く新しい登場人物や新しい出来事が書き加えられ、原作である小説からさらに離れていきます。あらすじと登場人物の変更は、エドワード王朝時代に生きた人々の生活がどのようなものであったかに焦点を当てた暗い描写に必要なものでした。『アンという名の少女』は新しい領域に足を踏み入れ、牧歌的な物語を、フェミニズム、多様性、思春期、そして20世紀初頭の型破りな生活様式を取り上げた問題提起型のドラマに変えました。

これらの4作品では、さまざまな改変がされたにもかかわらず、アン・シャーリーという人物を認識することが容易であることは間違いありません。ルーシー・モード・モンゴメリーは彼女の特徴を非常に細かく描写しました。小説の冒頭ではアン・シャーリーの年齢はおよそ11歳、「非常に太くて赤い髪が二本の三つ編み」にされています。 「彼女の顔は小さく、色が白く、瘦せていて、そばかすが多い」。そして彼女の大きな目は「明るいエネルギーで満ちていた」。小説の終わりごろにはアンの赤毛は色味が変わり赤褐色になりました。彼女のおしゃべりは少し治まりましたが、相変わらず瞑想的なままでした。マリラ・カスバートは真四角で厳しい外観をしていましたが、その奥には皮肉混じりのユーモアと愛情深さがあります。小説が終わるころには、マリラはより柔らかく表現力豊かになるのが読み取れます。マシュー・カスバートは本の冒頭では60歳です。 「猫背の肩に触れるほど(長い)髪をしていて、その濃い灰色の髪も少なくなりつつある不格好な人物でした。」彼はとても恥ずかしがり屋でありながら臆することなくアンに優しさと愛を注ぎます。ダイアナ・バリーはアンと同い年、黒い目と黒い髪、バラ色の頬、そして陽気な表情をしています。アンが最初にダイアナに会ったとき、ダイアナはソファに座って本を読んでいました。腹心の友であるダイアナは、アンに降りかかるあらゆる不幸に対してアンを一生懸命助けます。ギルバート・ブライスはアンの学校でのライバルであり最終的には恋人になります。2歳年上で、ダイアナが言うには「恐ろしくハンサム」です。「背が高く、茶色の巻き毛、いたずらなヘーゼル色の目、そして口をねじったような、からかいの笑顔です。」アンとギルバートは最初の小説が終わるころには友達になります。映画やテレビのアニメ、ミュージカルに至るまで、『赤毛のアン』(Anne of Green Gables)の多くの翻案を通して明らかなのは1つ、この単純で無垢な物語が依然として視聴者の共感を集めているということです。いろいろな監督や脚本家がオリジナルの物語からインスピレーションを得てアンに対するその人なりの解釈をしています。その解釈がどうであれ、物語の中心は、人生の小さなことに感謝し、一生懸命働き、心のままを話し、世界の美しさを探求し、そして十分な想像力と自信と粘り強さと想像力があれば何でも可能であると信じている小さな女の子なのです。

参考元:By the Book
翻訳:Demi
写真:By the Book, Wikipedia, Netflix, Sullivan Entertainment

『赤毛のアン』1985年映画サウンドトラック
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